特急

特別急行列車(とくべつきゅうこうれっしゃ)とは、鉄道における広義の急行列車の一種で、狭義の急行列車の上位に位置する列車種別である。「特別急行」を略して特急(とっきゅう)ともいい、基本的には「特急」で通用している。 鉄道会社や鉄道路線ごとに多少の違いはあるものの、概ねその路線で最も早く目的地に到達する列車に与えられる呼称である。

特急

誕生
特別急行(特急)列車が設定される前、急行列車より速い列車には「最急行」という種別をつけることがあった。その中でも1906年(明治39年)4月16日に、国有鉄道の新橋駅~神戸駅間で設定された「最急行1・2列車」は、運賃以外に初めて速達サービスのための料金を徴収する列車となるなど、現在の有料特急・急行の元祖と位置づけられるものであった。

戦争期
終戦直後は、石炭・車両・整備の状況が戦時中以上に悪化したこともあって、特急列車どころか普通の列車すらまともに運転できない状態となり、1947年(昭和22年)の1月から4月に掛けては急行列車まで全廃された。その後、それらの状況がやっと好転して来た1949年(昭和24年)9月、東京駅~大阪駅間に「へいわ」が運転開始される。同区間を9時間で結び、速度こそ戦前の水準に及ばなかったが、この時1944年(昭和19年)以来5年振りに展望車・食堂車が復活するなど、見るべきことは多かった。

高度成長期
特急列車が普及したダイヤ改正として著名なものには、1961年(昭和36年)10月1日の改正(通称「サン・ロク・トオ」ダイヤ改正)と、1968年(昭和43年)10月1日の改正(通称「ヨン・サン・トオ」ダイヤ改正)がある。1961年(昭和36年)の改正ではそれまで東北・東海道・山陽・鹿児島・長崎の各本線と常磐線でしか運転されていなかった特急列車が全国の幹線を走り始め、1968年(昭和43年)の改正では、それまではその名の通り「特別」な列車であった特急列車が、需要の多い線区では1964年(昭和39年)10月に開業した東海道新幹線と同様ネットダイヤ化が進み、大衆化をも推し進めることになった。

転換期
1972年(昭和47年)から1985年(昭和60年)に掛けて山陽新幹線、東北新幹線、上越新幹線と言った新幹線が次々と開通するにつれ、長距離を走る特急列車は新幹線に取って代わられる形で次第に減少し、それと引き換えに新幹線の沿線から離れた都市と、新幹線との連絡・接続を図る、中~短距離の列車が増えていった。

現在
2004年(平成16年)3月に九州新幹線が開通して以来、JR九州は「きりしま」のうち霧島神宮・国分発着のものや、「はやとの風」、また2009年10月10日から運転予定の「海幸山幸」といった臨時特急列車などが存在するが、これらの列車は停車駅こそ限定されてはいるもの、いずれも同区間を走る普通列車と同等か、それより遅い便も存在する。これは速達性を意味する「特別な急行列車」の意味ではなく、新幹線との接続性を重視しているものや、また車内設備のサービスに対して料金を取るか取らないかどうかや、観光に特化したサービスの提供などといったサービスの違いで「快速列車」・「普通列車」などと区分するために、「特急列車」を名乗らせているものである。

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